結論消費主義時代の到来と天才の解放【後編】

前編を読んでいない方はこちらから。

結論消費主義時代の到来と天才の解放【前編】

前編では、情報収集における「安い」「早い」「美味い」が嗜好されるようになった、結論消費主義の中でどうやって戦っていくか。

「変化よりも早く色んな結論をどんどんと収集していく戦い方」「変化に合わせて考えて適切な結論を導く戦い方」の大きな2つの方向性があると考えました。(二項対立ではなく、もちろん両方高水準で出来るのが良い)

ただ、後者の自分で変化に合わせて考える方が、軽視されがちと考えており、そんな中で「考えることの有用性や面白い使い方を考えていく」のが、この後編です。

オペレーショナルな思考の制約

まとめると「考えるの大事!」っていうのが、前編で言ってきたことですが「考える」で一括りにしてしまうと危険です。もう少し細かく「考える」を分解していきます。

『ゼロ秒思考』は便利

5年ほど前に『ゼロ秒思考』という本が流行りました。マッキンゼー出身の著者が生み出した思考法・トレーニングメソッドです。私も大学生の時によくゼロ秒思考のトレーニングをしていました。

この本の価値は「思考を”作業”にしたこと」だと思います。矛盾した表現ですが「この作業をすれば考えたことになる」という形に落とし込んでいます。

前提となる思想とメリット

『ゼロ秒思考』の前提にある重要な思想・考え方は2つあります。1つ目は「人間はみんな天才である」ということ。そして2つ目は「思考の生産性は思考し始めてすぐが最も高く、初めの1分間のアウトプットに大半が集約される」ということです。

この前提に立ち、適切に問を設定し、あとは思いつくままに書いて書いて書きまくります。そうすると垂直思考として、大きなツリーが出来ます。「抜け漏れはあるかもしれないけど、実務的に求められる速度と質を考えればこれで良いでしょう」という形で活用できます。

このメソッドはやるかやらないかで、思考の生む”飛躍”が少ない

ゼロ秒思考はやるかやらないかです。テーマと紙とペンがあればいつでもどこでもでき、考えを深めることが出来ます。トライしたことが無い方には、ぜひトライしていただきたいです。

しかし、私はゼロ秒思考に依存しすぎてはいけないと考えています。簡単で誰でも出来る意味のあるメソッドにしたことによって制約があると感じます。

あくまで垂直型の「論理」の思考に囚われる、という点と、持っている知識・常識が同じであれば、比較的均質なアウトプットになる、という点で、思考本来の不確実で突発的、予想外の部分を上手く反映が出来ない制約があると思います。

ある種、結論消費主義的な時代が「思考も効率的にやろうよ!」という要請になり、それにマッチしたゼロ秒思考が受け入れられた印象があります。

天才的な無意識の思考を意識的に使う

ゼロ秒思考の前提に「人間はみな天才」というものがありましたが、その点私も非常に同感です。しかし、その自分の天才な部分をどの程度意識的に扱えるか、という点に大きく個人差がある、と捉えています。

以降の内容はあくまで私の体験・感覚に基づいた整理した仮説です。科学的な解明などは脳科学などにお任せしたいと思います。

「無意識」は天才だが上手く活用できていない

上記は、インプットとアウトプットの際に、どんな情報をどこで蓄積・処理しているか、について、私の理解を整理した図です。

簡単に説明すると、自分の内部には意識的な領域と無意識的な領域があり、それぞれで扱える情報と、処理性能が異なっています。

意識的な領域は“言語情報”を扱い、無意識的な情報は“映像、イメージ、音、匂い、感覚、論理(言語的な意味を取り除いたサインやベクトル、構造部分)”などを扱えます。

性能としては、意識は言語的な思考になり、普段から考え事をしているレベルの速度です。言語によって、思考の速度ブレーキをかけられています。一方で無意識では言語のブレーキがかからず、言語に比較して圧倒的なスピードでの処理を行うことができます。

内なる天才とは高い処理性能を持った無意識領域のことで、この「無意識の領域を活用することでより生産性の高い思考を実現する」ことが、これから考えたいことです。

仮説の背景にある無意識が活用されている経験・事例

ひらめき

わかりやすい例でいうと「ひらめき」は代表例でしょう。それまで考えもしなかったようなアイデアがふと思い浮かんで「これだ!!!」ってなった瞬間があると誰しも一度はあると思います。

朝の冷静・スッキリ視点

夜に作り込んだ資料などを朝に見返したら「あれこれ全然ダメじゃないか・・・」となった経験はありませんか?他にもすごく考え込んでいたことが、翌朝になると昨晩の苦悩が嘘のようにシンプルに結論がまとまることも。

外れ値的な天才たち

優れた知能を持った天才たちが、言語で考えられるスピードを超えて、難問に即答することが出来るのは「言語制約を受けない形式の情報を用いた処理を頭の中で行っている」ということの表れと捉えています。イメージは、普通の意識で考えるのは「40km/h道路」で、無意識で考えるのは「アウトバーン(速度無制限)」みたいな。そりゃ天才は考えるのが速い訳です。

意識と無意識の断絶

「quantum ant man gif」の画像検索結果

しかし「無意識を活用しよう!」と思っても、そう簡単には行かない理由が、意識と無意識の間にある断絶です。

See, the rules of Quantum realm aren’t like they are up here. Everything is unpredictable.

量子世界はルールが全く異なる。何もかも予測不可能だ。

意識については言語を用いてコントロールが可能ですが、無意識は無意識という通り、自分の思うように上手くコントロールが出来ません。言葉で思考を行う結果、言葉が入れない領域には自分の意思で入ることが出来なくなっている、これが「断絶」です。この断絶があることによって、無意識は活用したいときに活用することが出来ません。

この断絶を乗り越えるために、情報の形式変換を行います。

情報の形式変換:非言語化とチャンク化

初めの図には、断絶を乗り越えている2つの線があります。それがインプット時の「非言語化」と、アウトプット時の「チャンク化」です。これらは簡単に言ってしまえば「抽象イメージ」「言語」の往来のことです。

この2つを利用することで、本来自分の意思では活用できない無意識領域を活用しやすくすることが可能だと考えています。

非言語化(インプット時)

普段の生活で使われるのは「言語化」ですが、無意識に持っていくためには逆の行為として「”非”言語化」をします。ある言語情報があった際に、それが用いられた文脈や、その意味を抽象化して意味を記号的に取り出したり、ベクトルや構造パターンなどに転換します。

非常に感覚的な領域なのでイメージしか伝えられませんが、「論争がある」という言葉を例を挙げると、

<インプット時>

「論争がある」という言語情報【意識レイヤー】

構成要素に分解

  • 複数の意見の存在(複数主体のイメージ)
  • それらの意見が不和状態(矢印がぶつかるイメージ)

or / &

  • 実際に論争が起きている際の場面イメージ(会議、食事中の会話etc)
  • その際の人の感情(ぶつかっていてネガティブ)

みたいな感覚的な情報に変換して蓄積【無意識レイヤー】

というプロセスを経ていると認識しています。

この変換は、その言葉をたくさん使うことや、類似用語を知って共通する意味部分を理解すること(例えば、英語と日本語で同じ意味を表す言葉のニュアンス部分を取り出す、のような行為。例、”論争がある”と”controvertial”の共通項を理解する)、適応される場面に立ち会い、パターン認識精度を高めていくことで徐々に自分の中で行われていきます。繰り返し行っている内に、無事に無意識レイヤーに格納することができます。

チャンク化(アウトプット時)

チャンク化は反対に、格納したパターンに関連する場面に現実世界で立ち会った時に、その反応をちゃんと捉えて引っ張り出す行為です。

つまり上記例でいうと、

  • 複数の意見の存在(複数主体のイメージ)
  • それらの意見が不和状態(矢印がぶつかるイメージ)

な場面に出くわしたら、無意識領域から意識領域にコンコンと「ノック」があるので、それを見逃さずに「論争がある」というワードを引っ張り出します。

もう少しプロセス的には以下のような形と認識しています。

<アウトプット時>

イメージや分解した構成要素に沿った場面に遭遇する【現実レイヤー】

変換した感覚的な情報が想起される(ノックされる)【無意識レイヤー】

感覚的な情報に紐付けた言語情報を引っ張り出す【無意識 ⇒ 意識レイヤー】

その言語を発声する【現実レイヤー】

ノックは非常に微かなので、注意していないと気づかずに見過ごしてしまいます。ですが、何かしらの感覚が皆さんに届きます。違和感や圧迫感、言いたいことが出かかる感覚、など自分という意識外から「何かしたいよ!」みたいなアクションがあります。それを逃さずに、気づいて、それを言語に変えます。

ひらめきとは無意識を使った思考法

このような解釈をすると、ひらめきの「突然すごいこと出てきた感」は、上記の図のように「意識 ⇒ 無意識 ⇒ 意識」と思考が一時的に無意識にシフトした際に起きることである、という風に見えてきます。

無意識レイヤーで行われていることは、認識が出来ないので、そこで行われた処理が文脈として抜け落ちます。それがあの「ひらめいた感」の正体なのでは、と感じています。

無意識を活用するための方法

ここまでは、あくまで整理。

「どうしたら無意識が使えるのか」が提示できないと、今回の内容は”So What?”の無い内容になってしまうと思いますので、ここからは具体的にどのような事をすれば良いのか考えていきます。

基本的な考え方

初めに「無意識思考の完全な意識的なコントロールは無理」です。但し、そのひらめきや、生産性が高い思考が発声する頻度を高めるために出来ることはあると感じています。

ニュートンが、りんごが落ちて万有引力の法則をひらめいたのは、その裏で一般人の想像には及ばないだけの、思考の広がりの中を巡っていたからこそ「つながった」訳で、りんごは単なるきっかけ(ノック)だったということ。ひらめく素地はすでに出来ていて、後は時間の問題だったんじゃないかなと。

素地がない状態では無意識による飛躍は生み出せない、とするならば、我々がすることは基本的にはその素地をつくることが重要と考えます。直接的に活用する場面もありますが、その場面で上手くアウトプットするために、日々のトレーニングが必要です。

という訳で、実際の活用とトレーニングの2種類に分けて紹介します。

■ 実際の活用編
1. アウトプットを熟成する
2. 戦略的に睡眠する
3. リラックスする

■ 日々のトレーニング編
4. 徹底的に考える
5. 紙に書いて考える
6. 感覚を言語化する
7. 他者の感覚を取得する
8. 五感情報を紐付けする

1. アウトプットを熟成する

「なんであの時、あんなことに悩んでいたんだろう」っていう経験はありませんか?

この方法は、まさにそれです。こちらは無意識を意識的に使える数少ない手法の一つです。睡眠に近いやり方ですが、こちらは「一旦放置する」という手法です。

考えていた内容を、一旦まーーーったく意識の外に置きます。数時間、1週間、数ヶ月でも何でも、必要に応じて。そして、必要な時にまた思い返します。

意識の外に置くことで、どうでも良いことは忘れられ、重要なエッセンスや構造だけが残ります。また改めて思い直して考えるときには、余計な部分は入ってこず、シンプルに思考が可能です。

2. 戦略的に睡眠する

こちらは①よりも短期で出来る、無意識を意識的に使える数少ない手法です。

寝ている間にも無意識領域での処理は行われています。寝る前に考えていたことが、朝になって簡単に結論が出るのは、寝ている間に(自分には認識できない)無意識領域で情報の処理、取捨選択などが行われていた、ということです。

無意識な思考は、シンプルな構造に変換してくれたり、重要なポイントだけを残してくれたりします。

なので、具体的な使い方としては

  • 一通り考え抜いたらとりあえず寝る
  • 昼寝する

かなと。思考系ワークの時はよく使えます。コンサルファームとかだと、このあたりの熟成や睡眠の取り方とかが体系化されて、一週間のPJマネジメントの中の計算に含まれていたりします。

3. リラックスする

人間は普段は意識優位ですが、お風呂に入るなどリラックスできる場面では、普段抑えられている無意識部分(潜在意識)が自然に強く出るようになり、ふと良いアイデアが浮かんだりしやすくなる、と言われています。

イメージとしては、無意識と意識間の移動が円滑になる感覚です。ノックに対して、スッとチャンクになりやすい。なので、行き詰まったらとりあえずお風呂に入る、とかはすごく実践的です。

 

ここからはトレーニング編です。

4. 徹底的に考える

初めは「徹底的に考える」という当たり前の内容です。しかし無意識を活用するためのトレーニングとしてやる場合、「時間を決めずに考えられるだけ考える」というのが重要と考えます。

仕事においての思考は「生産性」が求められるため、一定時間の中で考えられ得る最高のアウトプットを採用する、ということが多いですが、そうなると「生産性」が低くなるけど、重要な部分の思考が難しくなります。

こんなことをこんなに考えても意味があるのだろうか、と思えるくらい、ある対象について思考をすることで、対象のメカニズムや構造、全容をまるで手に取るかのように、自分のことかのように理解していきます。

そこまで至ると、その対象を言語的だけでなく、感覚的・非言語的な情報として抽象化していくことになります。つまりは、徹底的な思考は「”非”言語化」の役割を担っています。

5. 紙に書いて絵的に考える

考える時に情報を紙上で絵的に表現していきます。自分の表現したいことを図として説明するとどうなるだろうか?二者間の関係性はどのように表現できるだろうか?など、図的に表現をすることで、意味合いや構造を非言語的な情報に転換できます。(言語 ⇒ 視覚情報・ベクトル・サインへ転換 ⇒ 無意識レイヤーに乗せる)

通常言語ルールに囚われているのを、絵ルールで表現することが求められる時、情報のエッセンスを絞り出すことが求められます。これが意識レイヤーの言語情報を無意識レイヤーに移行させるトレーニングになります。

6. 感覚を言語化する

感覚の言語化は「チャンク化」のトレーニングです。芸術や自然、人間などに関わる時に沸き起こる感性の変化を、逃さずに言葉に落としていきます。

自分は一体何を「美しい」と感じたのか、「美しいと思った」と自分が思ったのはなぜなのか、といったメタ認知含めて、そういった感覚的な部分をごまかさずに言葉にしていきます。

具体的には、芸術観賞したら感想を書いてみるとか、駅に向かうまでの景色の美しさを説明してみる、特定の映画の感想について他者とディスカッションするのも良いと思います。

7. 他者の感覚を取得する

他者の感覚を知ることで、自分の感覚の理解を深めていくトレーニングです。他者がどういう場面で、どんな感覚を感じて、それをどのように結論づけているのか、というのを取得します。

具体的な方法として、他者と直接話すこと、他者の日記、ブログを読むこと、などがあると思います。まとめ記事とかはNGです。フランクに思ったことがつらつら書いてあるほど価値が高いと個人的には思っています。

日記やブログには、人ごとに癖や粗い部分があって、そこに思考過程などがよく見えたり、何を感じてどう結論づけたかの根拠となった感性・感覚など非言語的な領域が見えて、それがインプットでき、自分が同様の感性を感じた時に、言葉を引っ張り出すサポートをしてくれます。

8. 情報に感覚情報を紐付けて記憶する

最後が、情報に他の五感情報を紐付けて記憶する、という方法です。あるシーンを視覚情報だけでなく、匂いや音、時間帯、自分の感情など、色んな情報をひとまとまりにして保存しておきます。

私の経験例を挙げると、特定の匂いを嗅ぐとインドにいた時の場面が想起される、みたいなことがあります。

これはインドにいた時の匂いとそこでの景色などが“1つの塊”として記憶されている、という風に理解しています。その他にも特定の曲を聞くと、その曲をよく聞いていた頃の自分の状態が想起されます。

ある情報を呼び覚ますきっかけを増やす、という意味で利用することが出来ると考えています。

雪だるま式に無意識が活用できるようになる?

感覚として言語化などを意識的に行うようになってから、ひらめきや良い思考が出来る頻度がグっと増えたと感じます。非言語化やチャンク化や言語整列などに慣れてくることで、扱える情報がどんどんと増えて、その情報が増えることでひらめくきっかけが増えていく、という良い流れが出来ています。

というか、これまでは、ひらめきをひらめきとすら認識できていなかったようにも思います。今では「あ、これ飛躍したな」って分かるようになってきている気がします。だから、早めにトレーニングすれば、ある程度立つと大きな差になるんんじゃないかと。

感覚的だけど馬鹿にできない

今回扱ってきた内容は、非常に経験則に寄った感覚的な話なので、万人の汎用性のある話と言い切ることはできないのですが、「ひらめき」や「朝のすっきり感」などを、ある程度一貫性を持って説明する1つの仮説にはなっているかなと思います。

思考能力を高める努力を意識的に出来ていることは、かなり少ないと思っていて。ロジカルシンキングやデザインシンキングなどは、訓練が体系化されていますが、もう少し大局的に人間の持つ潜在的な思考も踏まえて、全体をどうマネージするか、トレーニングするか、という視点は重要なんじゃないかなと思います。特に、一つのひらめきが世界を変えることもある訳ですから、その下地を作って置くことの意義はあると思っています。

自分の考える言語化の意味

今回は前後編の長い内容になりました。

本投稿を書きながら、言語化の意味って「無意識の意識化、そして無意識と意識の往来の円滑化」にあるように思えてきました。

非言語情報を取り込んで、イメージを記録する、そして言葉にする、のプロセスを続けることで、無意識を意識的に扱えるようになってくるイメージがあります。

自分の場合は

  • 小学生時代:漫画・小説執筆
  • 大学生時代:ブログとパワポスライドお絵かき、あとは長文メール ←
  • 社会人時代:パワポ作成と時々ブログ、あと日記

そんなのを通じて、視覚化・言語化をしてきた結果、感覚 ⇄ 言葉の往来が増え、今回の記事に書いたようなことに気づくようになってきたなあと思います。

では、今回はこの辺りで黙ります!

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