宝くじが当たる”確率”は2分の1である

日頃から「確率」は不思議なものだなと思う。

確率(かくりつ、英: probability)とは、偶然起こる現象の、現象全てに対する割合の事である。 起こりやすさを数値で表した指標として使われる。 確率の定義は、統計的確率、数学的確率・理論的確率・古典的確率(意味はどれも同じ)、公理的確率の3つがある。 どのような現象でも確率をもつとはいえない。

- Wikipedia「確率」

成功者の中には、確率の考え方を使いこなしてきたという人は結構多いのではないだろうか。存在する複数の選択肢について期待値を計算・評価し、最も高い期待値を持つ選択肢を選ぶ。頭の良い人はそうやって生きている部分が多いのではないかと思っている。

しかし、最近になって確率に対する感覚的な違和感を感じるようになった。

なんというか、

あれ、確率ってなんだっけ?

みたいな感覚だ。

続きを読む →

人は相対性の中で生きている | 宇宙に浮かぶことは出来ないけれど

両手で弾ける曲を片手だけで弾けるか?

最近ピアノを始めて、その話題になると「右手と左手を別々に動かすって難しいよね~!」みたいな話が必ず出る。私も始める前にそう思っていた。なんで右手と左手が別の生き物のように動くのだろう。すっげえピアニスト!と思っていた。

ところが実際にピアノを始めて2ヶ月ほど経ち、左手で副旋律、右手で主旋律と右左で別々に動かすようになった時にあることに気がつく。

あれ、右手だけで弾けない?

なんと、両手で弾ける曲が分解した右手、左手だけで弾けないのである。曲を右手・左手とに分解し、それを足し合わせて1つの曲になっている。だから「片手の方が両手より簡単だろう」というのが普通の頭なのであるが、どうやら練習をしている自分の感覚はそうではないらしい。

続きを読む →

言葉を超える | 音楽とPolyglot

今年6月くらいから趣味でピアノを始めました。小学生の時に家の近くにピアノ教室あったのですが、なんか恥ずかしくて親に「行きたい!」と言えないまま、ズルズルと24歳になってました。

ところがそんなある日、お気に入りのピアノYoutuberが出来まして。「みなまで言うな。のび太くん」とドラえもんに小学生の時に口酸っぱく言われましたので、とりあえず観てくれということでEmbedしときますね。

もう軽く100回以上聴いてる

いやかっこよすぎかよ。こんなん駅で弾かれてたらそりゃ足止まりますわ。個人的には「雨だれ」→ 「Op.64 – 2」に繋がっていく所が大好きで仕方ないっす。ショパンのボサノバアレンジとかおしゃれ過ぎるやろ。。。

ちなみにピアノYoutuberには有名な方がいくらかいらっしゃるのですが、こちらのござ氏の強みは、①適度で心地よい装飾感、②緻密な音楽理論・ロジックに基づいたアレンジ、③アレンジジャンルの幅広さ(ジャズ、ボサノバ、演歌なんでもござれ)です。一番聞きやすいです。

井の中の蛙、バーを知る

丸ノ内サディスティック好きにはタマラナイ

続きを読む →

「生きづらさ」を分解してみる

理解によって恐怖を克服する

「理解できないもの」というのは非常に心地悪いもので。アルゴリズムに含まれる要素は別に完全に理解しきれていなくても良いんだけど、ひとまず自分で結果がコントロールできるようになると安心する。

私を含む世の中の95%くらいの人はPCの仕組みを理解していないんだろうけど、結局こういう使い方をすれば、検索が出来て、ブログが書けて、人と繋がれて、特にトラブルに巻き込まれることも無い、ということは理解できており、そんな訳でPCの仕組みを理解していないからといってPCを怖がる人はいない。

ホラー映画とかも結局「なんでモンスターが襲ってくるのか?」とか「なんでモンスターが発生するのか?」とかが分からんくても、モンスターの苦手なものが分かったり、発生のメカニズムが分かったりするとモンスターに対する怖さは半減する。根源的に「何者」であるのか、を理解していないにも関わらず。おそらくは「自分に対する害をコントロールできる」ための理解がおそらく人が最も重視しているポイントなのだと思う。

続きを読む →

今日も私は論理と戯れ、哲学者はオカルトする

ここ1ヶ月ほどは割といい感覚で生きていたように思う。人はそれを充実と呼ぶのかもしれないし、もしくは追い込まれてると呼ぶのかもしれない。まあいずれにせよ、そんな状況のこの1ヶ月の中で「ブログを書く」という行為は、私の頭のTodoリストの中では相対的に下の方へ追いやられていたということだ。

真空があればそこに空気が流れていくように、凹みがあればそこに雨水が貯まるように、何も考えずに散歩をしていると面白いアイデアが思い浮かぶように。忙殺の最中よりも、きっとそんな時にこそブログを書きたくなる。

つまり、今晩に筆を取りたくなった私は少し気持ちに余裕が出来たということなのだろう。さあさあ、ここ1-2ヶ月の間に頭の中で寝かしておいたことを引っ張り出すとしよう。

続きを読む →